インタビュー(作り手の想い)
どこであろうと、とにかく、いい酒を造ろうということだけですからね。
銘酒の名手
北條 勝一(ほうじょう しょういち)
これまで30~40におよぶ銘柄を生み出した経験を持つ。毎年11月上旬に安曇野の地を訪れ、酒造りの仕込みに入る。今では、長年蓄積されてきた酒造りの真髄を、弟子達に伝えている。
01. この道一筋40年
大吟醸「鬼かん」は、こうして生まれた
ーでは、日本酒「鬼かん」について、北條さんにお話を伺いたいと思います。
北條はい。よろしくお願いします。
ー北條さんが手掛けた「鬼かん」、2008年度の全国新酒鑑評会で金賞をとられたとのこと。
おめでとうございました。
北條いえいえ、ありがとうございます。
ーこのお酒は、もともとはEH酒造のオーナーさんのご提案で出来上がったのですか?
北條いや、以前から造っていました。
全国新酒鑑評会に出品するために造っていたんですよ。
ーいったいどのくらい前から造られていたんですか?
北條長いですよ。EH酒造になる前から造ってましたからね。
それで一昨年かな。こういう酒を出品しましたって、EHのオーナーのところに持って行ったんです。
ーはい。
北條その時に「これ、美味いな」っていうことで、社員の皆に「これ何か、名前を考えてみようよ」って。
それから2ヶ月後に、「鬼かん」という名前に決まったと聞きました。
ーなるほど。ちなみに、いつから販売されているんですか?
北條本格的に販売したのは、去年の春からですね。
生産量が少ないものですから。いつも出せるっていうわけじゃなくて。
ー量はどのくらい造られるんですか?
北條100キロの米から80リットルくらいしか酒に出来ません。
なので、量も少ないし、どうしても高くなってしまう。
ー北條さんは、何年間、杜氏としてお仕事されているんですか?
北條昨年で15年になりますか。前の造り酒屋で16年、よそでまた1年やってるので、全部で32年になります。
酒造りに携わってからは・・・40年になりますね。
ー40年!! えーと、失礼ですが、今、おいくつですか?
北條68歳。もう、そろそろ古希(こき)になるなあ。
ーお若いですねー。いや、それにしても私、
鬼かんをいただいているうちに、酔っぱらってきてしまいました。
北條そうですか(笑)。私も酒に弱いので、わかりますけどね。
ーえっ? 杜氏さんが、お酒に弱いということがあるんですね。
北條ねー。でも、駄目なんですよ。晩酌ほとんどやりませんしね。
やるとしても、ぐい飲み一杯くらいなもんですから。
だから利き酒やって真っ赤になって、蔵の中歩いてますよ。真っ昼間からね(笑)。
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02. 日本酒の今昔
南部杜氏・北條勝一氏のルーツから
ーちなみに、北條さんは岩手県がご出身と伺いましたが、ご実家が、酒造りに携わられていたのですか?
北條うちの本業は農家ですね。
ただね、これって杜氏をやっている所には共通してるんですけど。
寒い地方では、夏場は農家やるけれども冬場になると何も出来ないんですよね。雪が降るから。
ーああ、なるほど。そうですよね。
北條昔は今のように工場もなかったでしょ?
滋賀県っていうのがまさにそうだったんです。
って言うけど、全国に散らばって、色々な店を起こして成功していますよね。
ー聞いたことがあります。
北條そういう人たちが岩手県にも来て、酒造りを始めたんです。
そこで働いてた人が技術を身につけて、南部杜氏というのが生まれたんですけども。
ーへぇ~。ちなみに何代目なんですか?
北條三代、杜氏続いてます。じいさんも、おやじも、杜氏やってましたから。
ー三代も続いているんですか。
北條南部杜氏は、もう100年以上の歴史があります。
日本三大杜氏というのが、兵庫県の丹波杜氏、新潟県の越後杜氏、岩手県の南部杜氏。
ー南部杜氏の組合規模は、比較的大きいんですか?
北條一応、杜氏組合の中では、南部が一番大きくなっています。
それでも、かろうじて残っているという感じかな。
ーなんだか、寂しいですね。
北條そうですね。我々が辞めて10年も経つと、もう純粋な南部杜氏っていうものは、いなくなっちゃうんじゃないかな。
ー・・・(考え込む)。
北條今は皆さん、日本酒飲まないでしょう?
ビールとか、焼酎とか、そっちの方でしょう。
ー確かに、最近はそうですね。
北條ですから年々作り手が少なくなっています。
ここ、長野もそうだし、どこでも皆、そうですよね。
ーそれを打開しようと、大手酒造メーカーさんは、
みんな海外に行っているでしょう。
北條海外では日本酒がブームですよね。
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03. 毎回が勝負
「鬼かん」に秘められた想いとは?
ー抽象的な質問で恐縮なんですが、
酒造りって、どうしたら上手になっていくんですか?
北條そうですねー。同じくらい働いても、杜氏になる人もいれば、おれはそんなの嫌だっていう人もいるし、いや、働かせてもらえればいいっていう人もいるしね。
やっぱり気持ちでしょうね。とは言うものの、やってみると大変な仕事なんです。
ーそうですよね。売れなかったら・・・。
北條だから生半可な気持ちでは出来ないんですよ、怖くてね。奥が深いし、確かに経験も生きてますけど、そればっかりでもない。
毎年違いますから。米から、水から、気候から、みんな。
ー北條さんは今まで、たくさんの銘酒を生み出していらっしゃいますが、今、EHでどんな想いでお酒造りをされているんですか?
北條酒造りそのものは同じですから。どこに行っても、お客さんに「いい酒だ、美味しい酒だ」って言って飲んでもらえるようにと。その気持ちはどこにいても変わらない。
ー素敵ですね。「鬼かん」は、何か目指している目標などがあるのですか?
北條当初はとにかく、全国新酒鑑評会で金賞をとりたいということでした。
どこでも、大吟醸を造っている所はそうです。
ーといいますと?
北條特別「鬼かん」だからってことじゃなくて、たまたまそういう酒のひとつが、「鬼かん」として売り出したという、端的に言えばそういうことだと思います。
ーそれは・・・潔いですね。
北條今でもそうですよ。
そういう酒が、「鬼かん」として世に出ていくということになるんです。
ー素材には、どんなものを使っているんですか?
北條水は、ここ安曇野の水を使ってます。
米は兵庫県産の「山田錦」ですね。酒造好適米の王様と言いますけども。
普通酒の場合はだいたい40日で仕込みますが、「鬼かん」のような大吟醸は50日くらいかけて仕込みますね。
ー日本酒には、飲み頃ってあるんですよね?
北條ありますね。例えば焼酎なんかは何年置いても何ともないんです。
むしろ、まろやかさが出て、良くなってくるんですよね。
ーそれは知りませんでした・・・。
北條でも日本酒の場合はせいぜい半年とか1年くらい。それを超えると、出荷した時より、やっぱり味が劣化しちゃうんですよ。
ーなるべく早く飲んだ方がいいんですね。
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04. 人生そのものの味
日本酒には、作り手の人となりが詰まっている
ー北條さんが、仕事をしていて面白いなって感じるのはどんな時ですか?
北條自分でいろいろ考えてやって、ある程度、イメージに近い酒が出来た時は、やっぱり面白いですよね。
ーそれは、理想の味みたいなものを描きながら仕込みをされるんですか?
北條理想の味っていうのはありますね。言葉にしようとすると、味があって丸みがあって・・・という一般的なことしか言えないけれど。
ーでも自分の感覚の中にはきちんとあるってことですね。
北條ある程度はね。あまり癖のない酒。みんなに好まれる酒というか。
ーこれからまた、新しいお酒造りを始めていたりするんですか?
北條いえ、今のところは、まだ考えていません。
ーそうなんですか。4月になったら、北條さんは岩手に戻るんですよね。
北條はい。岩手に帰って百姓やります。田んぼと野菜と(笑)。
ー半年は地元で、後の半年は違う土地でお酒を造って。
30年間ずっとそういう人生を歩んでこられて・・・。
これからも、そうして生きていかれるんですね。
北條あと何年働けるか、この年だから分からないですからね(笑)。
ー毎年、今年も来て下さいというオファーがくるんですよね。
北條ええ。それは、暗黙の了解でね(笑)。
ーなんだか、プロ野球選手みたいですね。
北條(笑)。
ー今日は、非常に興味深いお話を、ありがとうございました。
なんだか、日本酒の味わいが、今までと変わってきそうな・・・そんなお話でした。
北條いえいえ、こちらこそ。何かとりとめのない話だけども。
酒というものはこういうものだということを分かってもらえたなら、嬉しいです。
ー北條さんという人、そのものなんだなっていうことがわかりました。
本日は本当に、ありがとうございました。
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