インタビュー(作り手の想い)
もし、これがもっと白っぽい色をしていたら、
やっぱり全然、美味しさも違うんだと思います。
カステラ界の勝負師
熊代 宰典(くましろ さいすけ)
EH製菓株式会社
40年間、菓子一筋。「黄金の哲学」の生みの親。
21歳で菓子修業のため渡仏し、1978年にシャトル市の料理コンテストでグランプリ
受賞(デザート部門)。
2000年にEH製菓株式会社入社。
01. 最後のプレゼンテーション
目隠ししても、ダントツで選ばれた味
-さっそくですが、熊代さんは、「黄金の哲学」の開発からずっと携わっておられますよね。
商品が作られた経緯やきっかけなどを、まずはお聞かせください。
熊代オーナーの提案でね。
「お前、カステラ、旨いのができるか?」ってところから始まったんです。
-そ、そんな唐突な幕開けだったんですか。
熊代自信は半分あったけど、チャレンジしてみないと分かりません。
ってのが正直な気持ちでした。
-それはそうですよね。それで、カステラ作りを始めたんですか?
熊代いえいえ。はじめは、カステラを食べ歩きましてね。
日本で美味しいと評判のを200店くらい。
-200店!?
それじゃあ、来る日も来る日も、カステラを食べる毎日・・・。
熊代そう。お菓子屋の生まれということもあって、
全国にお菓子屋の友達がいますから。彼らの知識も借りながら、
調べて、取り寄せては食べて。
-不幸中の幸いでしたね。太りそうですが・・・(笑)。
熊代ええ(笑)。
それで何度も何度も試作して、何度も何度もオーナーに蹴られて(笑)。
こんなものは駄目だと。
通算20回は試作品を持ってプレゼンしましたね。
-お墨付きが出るまで、どのくらいの期間かかったんですか?
熊代半年くらいでしたね。
-半年に20回とは。それ以上の製作数があったんじゃないですかね~。
熊代回を重ねるごとに、だんだん、だんだん、
お褒めをいただけるようにはなったんですが、
オーナーが思われている日本一のカステラではないってね。
最後には、もうこれで駄目だったら、私の腕が駄目なんでしょうと。
-そんな・・・。
熊代で、最後のプレゼンテーションで、
「じゃあ、日本中の美味しいカステラを集めろ」って。
集めたカステラに私のも加えて、
「目隠しして食べてみるぞ」ってことで、
皆さんに食べていただいて。
それで、断トツでよかったんです。
-それまでに試作品はどのくらい作られたんですか?
熊代数えてないけど、
たぶん200枚から250枚くらいは作ったかな。
-熊代さんお一人で自ら?
熊代もちろん。やっぱり最初の味の組み立ては一人でやらないとね。
-しかし途中で気持ちが萎えるとか、
そういうことはなかったんですか?
熊代それは何遍もありますよ(笑)。
-だって人間ですものね(笑)。そりゃそうですよね・・・。
熊代いくつも作った中から自分の中でトーナメントをやって、
勝ち残ったのを一つだけ、お持ちする。
で、「まあ、もう一つだね」と言われて、
また、出直そう。ってね。
-トーナメントですか。まさに限界との闘いですね。
熊代でもやっぱりそれだけプレゼンしてると、
オーナーの思いというのが、だんだん伝わってくるんですね。
分かるようになってくる。
-味についての意思疎通・・・のような?
熊代まあ、そんなところですかね。
もうちょっと味を濃くした方がいいとか、
だいたい自分で絞れてきます。
だからゴールに到達したというんでしょうね。
- │01.最後のプレゼンテーション│
- 02. 極上の「コク」を求めて│
- 03. 自然な甘さと焼き色│
- 04. 数字だけで測れないもの │
02. 極上の「コク」を求めて
パリで学んだ洋菓子技術を活用
-パリでも洋菓子の修業をされていたとか。
熊代もう40年も前ですから、当時は日本人なんて全然いなかったですが。
洋菓子の基礎的な部分はパリで学びました。
このカステラにも、ちょっとヨーロッパのテクニックを加えているんですね。
-具体的にはどんなテクニックなのですか?
熊代いくつかの天然の素材をつかった合体の妙技といいましょうか。
でも、これ以上は言えません。企業秘密なんで(笑)。
ただ決して色素は使っておりません。無着色なんですよ、このカステラは。
-自然に、あれだけ鮮やかな黄色ということですか。
熊代ええ。やっぱり私は、食べ物はすべて目から入りますからね。
だから「黄金の哲学」がもし、もっと白っぽかったら、また全然違うんです。
で、その上で、ふんわりしっとり、何よりしっかりしたコクもないとですね。
-コクを出すための工夫というのはあったんですか?
熊代それはやっぱり卵です。
全体の体積の60~70%は卵ですから。そこには、こだわりを持って
カステラ専用の卵として厳選しています。
お菓子と卵というのは、もう絶対の関係。それから小麦粉も。
小麦は、挽き立てのは駄目ですね。力が強すぎるんです。
だから、倉庫で1カ月くらい寝かせてもらいます。
「コシを柔らかくする」と言うんですけどね。
-コシをやわらかく・・・。ちなみに小麦粉はどこ産なんでしょうか?
熊代産地はアメリカです。ブレンドも季節によって変えます。
もちろん、土地によって毎年出来が違いますから、絶えず試作はしますね。思ったものが出来ているかって。
-あと、材料に使うのは、水飴とハチミツでしょうか?
熊代はい。水飴にもいろんな飴がありまして。
四季によって水飴のブレンドも変えています。
-なんだか、「黄金」のイメージにピッタリですね~。
でも、その理由は?
熊代やっぱり、粘りが必要なんですよ。
粘りが強いものは、カステラをプーッと均等に膨らませてくれる。
柱みたいに、支える役目なんですね、水飴は。
-なくてはならないもの、なんですね。
熊代あとハチミツは国産のレンゲのハチミツ。
アカシアとかいろいろ種類はありますが、カステラにはやっぱりレンゲが一番向いてるんじゃないかと思うんです。卵とすごく相性がいいですから。卵の味をあまり邪魔しない。
-理想的な関係ですよね。
熊代カステラ一枚に占める比率が一番多いのは卵ですから。
やっぱり我々が一番敏感に気をつけているのは卵なんです。
-全ての素材にこだわっているけれど、熊代さんのこだわりが凝縮されているのが、やっぱり卵なんですね。
熊代長年、菓子職人をやっているとね。卵を触っていれば分るんです。コクが出る卵がどういうものか。
その中でも、どうしてもコクが出にくいのは夏ですね。
-夏なんですか?
熊代ご存知のようにニワトリというのは、毛で覆われています。
鶏も当然夏は暑いですから。冬よりも水をたくさん飲む。
するとやっぱりコクが薄くなってくるんですね。
-なるほど。その場合はどうするんですか?
熊代卵自体に味を詰めていくんです。
調理の時に余分な水分を飛ばすんです。
-つまり、冬と夏では調理の工程が少し違うんですね。
熊代もちろん、違います。
夏は砂糖を控えてあっさりめに。
冬は少し濃いめにするんです。
-心遣いですよね。
- │01.最後のプレゼンテーション│
- 02. 極上の「コク」を求めて│
- 03. 自然な甘さと焼き色│
- 04. 数字だけで測れないもの │
03. 自然な甘さと焼き色
季節によって微調整
熊代それから、砂糖自体も変えますね。
夏は果物から採った果糖を多めに使ってあっさりした甘さに仕上げます。
冬はコクのある上白糖やグラニュー糖の割合を増やす。
-そこまでするんですね。
熊代それから、カステラに大切なのは「温度」と「湿度」です。
常に一定に保つようにしているんですが、仕事場へ行ってまずはもう、温度、湿度が一番気になる。
低い温度のところに入れると、カステラが風邪をひくんです。
-風邪ですか!?
熊代バサバサになるんですね、水分が飛んでしまって。
例えば、生のイチゴを冷凍庫に入れてカチカチに凍らせる。
それを部屋の中に置いて2時間くらいしたら、スカスカになるでしょう? ああいう感じ。
-では、焼き方にも工夫はあるんでしょうか?
熊代あります、あります。
冬の時期だと1時間15分焼くんですけど、その間に9工程くらい温度を変えています。
-そんなに変えるものなんですか?
熊代もちろんです。それと一番神経を使うのが、色付けです。
表面の焼き色ですね、焦げ茶色の。
裸の黄色い肌を、上からそのまま焼くんです。
もう本当に30秒も目を離すと黒くなってしまいます。
-あらら・・・。それは要注意ですね。
それは職人さんが見るんですね。
熊代はい。それはもう、視覚でびしっと調整するんです。
それから、特殊な鉄板を上に乗せて、下火だけで蒸らしていきます。
この時に、古新聞を間に敷きます。そうすると、卵に直接きつい熱が入らない。
逆に新聞を敷かないと、硬くなりやすいし、卵の味が変わってしまいます。
-他のカステラメーカーさんでも新聞を?
熊代いや~。あまりやってないですね。
直に置けば、早く焼けるんです。
もちろん火が強いから、だいたい50分くらいで焼けるんじゃないかな。
-そこまで調整するメリットって何なのですか?
熊代我々が1時間15分かけて焼くというのは、時間はかかるけれど、味がまろやかに仕上がるんです。
卵はてきめんに火に弱いですからね。
それで、間接的な柔らかい火を与えてあげるんです。
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- 04. 数字だけで測れないもの │
04. 数字だけで測れないもの
最後は肌で感じれることが大事
-ところで、この上にまぶしてある金粉は?
熊代味はないですから、トッピングとして考えていただいて。
だいたい99.9%の純度ですから、純金に近いですね。
-普通、食品に、純金に近いくらいの金って使うことはあるんですか?
熊代あまりないですね。でも金は体にいいと言われますから。
ちなみに、このカステラを、「黄金の哲学」と名付けたのは、オーナーです。
-オーナー自らですか。ちなみに毎日試食はされるんですか?
熊代はい。あまり狂いはないですけどね。
切る時にも立ち会うんですが、そこでもだいたい分かります。
どの職人が焼いたというのは、分かるように番号をつけていますから。
窯へ放り込んだまま休憩に行って、帰ってくるのがちょっと遅くなったなんていうのも、嘘ついたってすぐわかりますね(笑)。
-一人の職人さんが、一つのカステラを見るという責任制みたいな感じですか?
熊代そうです。責任を持って焼くんです。
最初の生地立てから焼き上がりまで、一人で。
職人も毎日勉強ですからね。
-やっぱり、職人を育てるというか、そういうお考えがあるんですね。
熊代勘は勘違いが起こるから、勘では仕事をするなって、建前では職人に言うんです。数字は嘘つかんと。
でも、その数字を守りながらもやっぱり違う時もある。
-といいますと?
熊代数字というものは、本当には当てにならないんですよね。
そういう時には、もう勘で感じる。そういうことですわ。
-ふむふむ・・・。
熊代例えば、赤信号で道を渡ることはもちろんしないけれど、青信号の時だって、信号だけ見て渡るわけじゃない。
青信号でも、車が来ていないか確認をしますよね。
カステラ作りも、数字を頼りにするのはいいけど、やっぱり自分の目で、肌で確認しないとねって。
そういうことなんです。
-有名人、著名人からも人気だそうですね。
熊代芸能界の方が多いですね。
北島三郎さんとか、細川たかしさん、中村美律子さんや、千昌夫さん。
今年は特に、モンドセレクションでも金賞をいただきましたから。
-ベルギーで行われるものですよね?
食品の技術的な面を厳しく審査するアレですか?
熊代初めての出品でね、ほんと運よかったのかなと思うんですけど。
あれは、品質の基準の他にも、パッケージやネーミングも見られるんです。
-そうなんですか。
美味しいだけじゃないんですね。
熊代シンプルなだけに、よかったんじゃないかと思うんですね。
(カステラ職人、熊代さんへのインタビューは終了です。ありがとうございました。)
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- 04. 数字だけで測れないもの│